superjakeのショートストーリー集

オリジナルショートストーリー集(ショートショート)です。

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あれは事故だった。
由佳が6歳のとき、夏休みを控えた終業式の日の放課後、クラスメイトとかくれんぼをしたときの事だ。

じゃんけんに勝った由佳と他の五人の友達は、あちこち隠れる場所を探し、校庭の隅にある体育倉庫に隠れることにした。
普段、体育倉庫には鍵がかかっているが、その日は鍵が開いていた。


「ここなら絶対に見つからないぞ。」


隠れてから10分ほどしたが、鬼は姿を見せない。

さらに10分たったが、まだ鬼は探しに来ない。
由佳たちは、はじめは見つからない事を楽しんでいたが、だんだん隠れているのにも飽きてきた。
ちゃんと探しているのだろうか?

そこで痺れを切らした由佳は、他のものに奥で隠れているように言い、ひとりで鬼の様子を見に行く事にした。


由佳はそっと倉庫から出た。


すると、前から鍵をジャラジャラさせた担任の先生が歩いてくるではないか。

「おう、どうした?まだ帰らないのか?そんなに学校が好きなら明日からも夏休みとは言わずに学校に来てもいいんだぞ?」

担任の教師は冗談っぽく由佳に言った。

「・・・今、友達と遊んでいたんです。」

「ははは。そうかそうか。でもな、体育倉庫では絶対に遊んだらだめだぞ。ここは危ないからな。いいか?」

「はい・・・さようなら」

そう答えると由佳は走ってその場を去った。







五人の子供の遺体が体育倉庫から発見されたのは9月の事だった。





「先生、先生!」


生徒の呼びかけに由佳は我に返った。
20年たった今でも、気がつくとあの日の事を思い出している。
しかし、
そう、あれは事故だったのだ。


「はい、ごめんね。できたかな?」


いつまでもあの日の事を引きずっていてはいけない。

由佳はあのような事故を起こさぬよう、放課後に近所の子供を預かる図画教室を開いていた。


「うん。お友達を描いたよ。」


その子供が手渡した絵には、いるはずのない五人の子供が描かれていた。

20061114001439.jpg



「それで先生、この絵のどこがおかしいのでしょうか?
4歳にしてはよくかけていると思うのですが・・・」


図画教室の教師はこの絵の作者の母に答える。


「今日は生徒に教室の中のものを描くようにいったんです。」

「はあ、それで・・・?お友達ではだめだったのですか?」

「いえ・・・そうではなくて・・・今日教室に来たのは息子さんだけだったんです・・・」


田中は迷っていた。

学生時代に必死に勉強し、議員になってからも一年365日泥まみれになって駆けずり回り、やっとの思いで外務大臣になった田中だったが、そんな田中にもさすがに今回の件は荷が重かった。

田中は悩んだ。
ある国との侵略的外交。
この外交を実施することは自分の信念に反する。
しかし、国の未来を考えれば、たとえ汚いやり方であろうとも仕方がないことだ。

「いったいどうすればいいんだ・・・」



そんな田中のもとに、一人の男が尋ねてきた。
それは田中の上司、大統領であった。


「今回の件、考えてくれたかね。」

「はぁ。しかし、なかなか決心がつかないのです。」

「そうか。この件は難しいからな。君の意に反する決定をしなくてはならないことになるかもしれんしな。まぁ、まだ時間はまだある。じっくり吟味してくれ。」


大統領はそう言うと席を立った。
そして、去り際にこう言った。

「悩むのはいいが、
いいかね。君はひとりじゃない。これまで君は誰かに頼って結論を出すことはしなかったが、ほかの人に頼るということも時には必要だぞ。」

「はい。わかりました・・・」



一週間が過ぎた。
田中は寝ることも忘れて考えにふけっていた。
そして、この外交は中止するという結論に至った。
外交に関する決定権は自分にある。
たとえ国の利益になろうとも、自分の意に反するような汚い外交はしたくない。
田中は大統領に決定を報告することにした。



「大統領、結論が出ました。この外交は行いません。」

田中はハキハキとそういった。
総理は黙ってうなずいた。

「そうか。決心は固いのかね?」

「はい。例えそれが国の利益になったとしても侵略的外交はまちがっています。私は誰がなんと言おうと、この決定は変えるつもりはありません。」


大統領は目をふせ、小さく息を吐くと部屋の警備員にそっと合図をした。



警備員は田中の背後から田中を射殺した。


「それを片付けて、新しいのを。」


大統領は警備員に命じた。
そして、動かなくなった田中につぶやく。

「君の言うこともわかるが、国の利益には変えられん。
しかし、君は外務大臣だからな。外交に対する権限は君にある。
でもね、君はひとりじゃない。」


警備員に連れられて田中のクローンが部屋に入ってきた。


「じゃあ、新しい田中君。例の件、頼んだよ。」





その国ではその年に国の平和に貢献した個人を次の年の平和のシンボルにする風習があった。


この年は暴力団撲滅に取り組んだ田中という男が翌年の平和のシンボルに選ばれた。



その年の年末、田中は平和のシンボル任命式に参加していた。
この任命式は一年の締めくくりとして盛大に行われており、数千人の観客が見守る中挙行される。
そのため、田中への警護も徹底されていた。


この年の任命式は、平和のシンボルが暴力団撲滅運動によって平和のシンボルに選ばれたこともあり、観客の中には鼻息の荒い連中も多く混じっていた。


そのため、田中が壇上でスピーチしている間も観客席の中からは荒々しい野次が飛び、その都度ガードマンが対応していた。


そんな時、事件は起きた。
田中がスピーチを終わらせ、壇上からおり、席に着こうとしたとき、観客席から一人の男が飛び出し、田中に飛び掛ろうとした。

すかさず数人のガードマンが男を取り押さえつけた。
そしてそのうちの一人が男のこめかみに拳銃をあてがった。


「ま、まて!撃たないでくれ!大人しくする!だから撃たないでくれ!頼む!」


男はガードマンに命乞いをした。


しかし、ガードマンは男の訴えを聞くことなく引き金を引いた。
男は無抵抗の中死んでいった。




事のいきさつをすべて目撃していた観客達は口々に言った。


「乱入したやつは死んだようだ。よかったよかった。
まったく、任命式に田中さんに襲い掛かるとは、なんという男だ。
平和のシンボルをなんだと思っているのだ。」
人里離れた孤島のバンガローで一人の男性が殺された。

動かなくなったその男を見下ろす五人の男女。
その中の一人の女性が叫ぶように言った。

「次に殺されるのは私よ…!!」

残りの二人の男と三人の女が振り返り彼女を見た。
男が聞く。


「なぜそう思うんだい?」


すると彼女は震えながら言った。


「だって、みんなが彼を殺している間、彼を助けようとしたのは私だけだったから・・・」




一人で登山に来ていた田中は山頂に続く山道の途中で一台の携帯電話をみつけた。

誰かの忘れ物であろうか?

だとしたら持ち主はきっと困っているに違いない。

田中は電話を手に取った。
どうやら壊れてはいないようだ。
が、画面を見ると「圏外」と表示されている。


「しょうがない。下山したら警察に届けるか。」


田中はリュックに携帯電話をしまうと、山頂を目指した。





その晩、
田中は山頂にある山小屋にいた。
山小屋といっても、壁と天井があるだけの掘っ立て小屋。

昨夜は数人の登山者が利用したようだが、今夜は田中一人だ。


「することもないし、明日に備えてもう寝るか…」


田中は寝袋に包まると時計を見た。
ちょうど夜の10:00を回ったところだった。
ランプを消すと、
山小屋の中はいっそう静まり返った。




自分が呼吸をする音しかしない。



登山の疲れから、田中はすぐにうとうとしてきた。




…その時だ。





「プルルル プルルル…」 




田中のリュックの中から電話の鳴る音がする。
田中は慌てて起き上がると、ランプの明かりを付け、リュックの中を探った。
鳴っていたのは自分の携帯電話ではなく、登山の途中に山道で拾ったあの携帯電話だった。

田中は携帯電話を開くと、受話ボタンを押そうとした。
が、そのとき田中はハッとした。





ここは電波がないはずだ。






田中はゾッとした。



しかし、電話はなり続ける。


電話の主を見るため、鳴り続ける電話の画面を見た。
そこには、




「非通知設定」




という文字が表示されている。


田中は恐る恐る電話に出てみることにした。




「…もしもし。あの、この携帯、拾ったんですが…」




しかし電話の向こうからは何の返事もない。
やっぱり電波がよくないのだろう。
田中は少し待ってから切ろうとした。
すると、



「今から、向かいます。いま、山道の入り口です。」



電話は切れた。
男とも女とも知れぬ声。

田中は電話の「つーっつーっつー」という音を聞きながら、呆然としていた。


「この展開は…知っているぞ…」


田中はつぶやいた。


「きっと次の電話では、“今山の中腹にいる”と言うんだ。次が山頂。次が山小屋の前。そして次が…俺の後ろに立っていると言うんだ…!
ど、どうすればいいんだ!!」


田中は電話を投げると、反対側の壁まで後ずさりした。
どうすればいい…どうすればいい…
田中はパニックになっていた。
これはいたずらじゃない…だとすれば、俺はどうなるんだ…



「プルルル プルルル…」 



田中の恐怖心に反して、携帯電話は再びなり始めた。
田中は動けずにいた。
しかし、携帯はなり続ける。
田中は勇気を出して携帯を取り、電話にでた。


「も、もしもし…ど、どこにいるんだ!?」


田中は既に自分の声にさえもビクついていた。





「おまえ…知ってたな…?

じゃあ、話が早い…

今はな…お前の後ろだ…!!!」






「うわぁあああ!!!」






田中は気絶してしまった。








山小屋の外で物音がする。

小屋のドアが開けられ、入ってきたのは何頭かのたぬきだった。
たぬき達は気絶した田中の横の携帯電話を囲んだ。
すると、携帯電話は小さな子だぬきに姿を変えた。
子だぬきは自慢げに言った。

「ね?言ったでしょ?現代人を脅かすには携帯電話に化けるのが一番なんだって。お父さん達も古臭いのはやめて次からは僕みたいに携帯電話で化かしなよ。時代はITなんだからさ。」




ある王国の姫が他国にさらわれてしまった。


王は国の勇敢な男達に姫救出を呼びかけた。
しかし、王の想いは届かず、姫は殺されてしまった。



姫の死が伝えられた1ヵ月後、王はあるお触れを出した。
それはこのような内容だった。


「勇者募集。
皆の知るように、我が姫は他国によりさらわれ、殺されてしまった。
二度とこのような事が起こらぬように、この国の兵力を強化する。
そこで、来る私の誕生日に剣術大会を開く。
腕に自身があるものは参加せよ。
ただし、姫救出に携わったものの参加は認めない。
大会の優勝者は、王の権限により特別な待遇で迎える。」



このお触れが城下町に伝わるやいなや、町は大騒ぎとなった。


そして、大会の日を迎えた。
参加したのは20人の屈強な男達だった。

剣術大会のルールはトーナメント形式で、組み合わせで決まったふたりがどちらかが死ぬまで戦うというものであった。


一人死に、二人死に…


とうとう残るは二人になってしまった。

決勝戦は長丁場になった。


一時間ほどの戦いの末、片方の男が倒れると優勝者が決定した。


王はぼろぼろになった優勝者に歩み寄ると試合を監督していた兵にこういった。




「この者の首をはねよ」




優勝者は驚いていった。

「ご冗談でしょう?私はこの大会の優勝者。
言わばこの国で一番強いものなのです。その私を殺すと言うのですか?」

すると王は言った。

「この大会に参加したものは皆腕に自身はあるが、姫の救出には手を貸さなかった者達。お前以外の罪人達ははお互いに処刑しあった。
残るはこの国で一番の剣の腕を持ちながら我が姫を見殺しにしたお前の処刑だけだ。
わが国の処刑は火あぶりであるのは知っておろう?
しかし、お前はこの大会に勝ち進む為に十分苦しみを味わった。
だから特別待遇として、苦しみが少ない首はねによる処刑にしてやる。」




家に帰ると金持ちだった。

家を出た時には確かにアパート住まいだったのに、今は豪邸の主である。
高級車に何人もの使用人。なに不自由ない生活。
シャンパンの風呂に入り、ふかふかのベッドに寝る。





目が覚めると貧乏だった。

寝る前は確かに豪邸住まいだったのに、今は狭いアパートの住人である。
カビの生えた壁に、害虫。とても耐えられない生活。
部屋に風呂はなく、汗臭い布団。





ふと振り向くと既婚者だった。

さっきまでは確かに独身だったのに、今は3人の子供を抱える父親だ。
家庭をもつ責任感と充実感。満たされた生活。





気付くと刑務所の中にいた。

さっきまでは確かに幸せな家庭にいたのに、今は囚人だ。
絶望感・脱力感。閉ざされた生活。











スイッチが切られ、マシーンのふたが開けられると、大統領は目を開け、ゆっくりと仮想生活体験マシンのなかから出てきた。

「なるほど…こういう事態が現実に起こりうるという事だな。これは恐ろしい事だ。自分に都合の良い人生を作り出す輩が出てくると、他の人間の人生も狂ってしまう…
即刻、タイムマシンの使用・製造を規制しろ。」





田中はどうしても金が必要だった。

1000万。

それだけの金が来週までに揃わないと田中の経営する小さな会社はつぶれてしまうのだ。

友人、親戚、恩師…
借りれる金は借りつくした。

頼れる者はもういない。
かといって自分の力だけではどうする事もできない。
田中は完全に追い詰められていた。
銀行強盗でもするか…?


そんなとき、偶然インターネットで見つけたのが「完全犯罪屋」であった。

完全犯罪屋。
店の説明を読むとその名の通り、完全犯罪をサービスとする店のようである。

田中はわらをも掴む思いで、完全犯罪屋に完全犯罪を依頼することにした。



完全犯罪屋には、専用の依頼フォームがあった。
名前は住所は明かさなくてもよく、
入力は「メールアドレス」「依頼内容」の二つだけである。

田中はメールアドレスを入力し、依頼内容を
「現金1000万円を足がつかぬように、3日以内に手に入れる」
とした。


翌日、田中がフォームに入力したメールアドレスに次のようなメールが届いた。

「ご依頼、ありがとうございます。
私どものモットーは「完全犯罪の遂行」。
必ずクリアーな方法で現金を奪って見せます。
絶対に足はつきません。
ご依頼に対するお支払いですが、
お客様の設定された期限が3日以内ということなので、現金強奪の通常料金100万円プラス機嫌の指定料金10万円で合計110万円になります。
お支払いは下に記した口座へお振込みください。
振込みを確認した日から3日以内に完全犯罪を遂行します。」


田中はこの「完全犯罪屋」に全てを託す事にし、なけなしの金を振り込んだ。


振込みから1時間後、田中のもとに完全犯罪屋からメールが届いた。


「ご依頼主様。
足をつけずに現金を強奪する事に成功しました。
ありがとうございます。
これこそ、完全犯罪です。」
「ダイヤモンドか警備員、さあどっちだ?」

事件が起きたのは昨日の深夜。
ある博物館からダイヤモンドが盗まれたのだ。
幸い、警戒中のパトカーが犯人が奪った博物館の車を発見し、あるごみ焼却場まで追い詰める事ができた。
犯人は武装している恐れがあり、うかつには近寄れず、緊迫した時間が流れた。
そして一夜明けた今朝、警察にこんな電話が入ったのだ。

「ダイヤモンドは頂いた。盗む際、邪魔をした警備員も俺の手の中にある。
つまりこちらには人質がいるという事だ。
俺の目的はダイヤモンドではない。現金だ。3億円用意しろ。
そこでお前らに選択権をやる。3億円と引き換えにダイヤモンドか警備員、どちらかを返してやる。
どちらを選んだ場合も、残った一方は焼却炉で燃やす。
午後3時までに決めろ。」


警察は悩んだ。
犯人が盗んだダイヤモンドは時価10億円はする代物だった。
ダイヤモンドを取り返した場合警備員は死ぬ事になり、そのような事は世間が許さないだろう。
かといってみすみす10億円を灰にしてしまい、さらに3億円払ってしまっては犯人の思う壺ではないか。

悩んだ結果、警察はダイヤはあきらめ、警備員を取り戻す事にした。
倫理上、こうするしかない事は誰もがわかっていたことだ。

やがて犯人から再び電話がかかってきた。

「さて、3時になったがどちらにするか決めたか?」

「警備員を返してくれ。人命には代えられん。ただし、無傷で返すんだ。」

「よし分かった。先に警備員を開放する。」


やがて両手を挙げた警備員が焼却場の中から歩いてきた。
警備員を介抱すると、警察は犯人に向ってメガホンで言った。

「バカなやつめ!!先に人質を返してしまったら金は手に入らんぞ!!」

しかし、犯人からは何の返答もない。
恐る恐る武装した警官が焼却場の中に突入してみると、そこには誰もいなかった。


「しまった!犯人の目的はもともとダイヤモンドだったのだ!まんまと逃げられた!!」


警察は必至で犯人を追ったが、結局捕まえる事はできなかった。


開放された警備員は、警察の要求どおり無傷だったのでその日のうちに家に帰された。
家に帰ると妻が心配そうな顔で駆け寄ってきた。

「あなた、大変でしたね。怪我はありませんか?」

「うん。大丈夫だ。一時はどうなる事かと思ったが、とっさの機転で何とかなったよ。」

そう言うと警備員は制服のポケットからダイヤモンドを取り出し、微笑んだ。

「警察もバカだな。まぁ、倫理上こうするしかない事は誰もがわかっていたことだが。」
どうもいい気分ではない。
階段を上りながら田中は思った。
前にいる高校生がスカートを覗かれないようにお尻を押さえているのだ。
田中には覗く気など無い。
が、いかにも田中が覗こうとしている態になっている。
田中はチョット小走りになるとゆっくりと歩く女子高生を追い抜いた。

よし、コレで安心だ。お互いに無駄な心配をしなくてすむ。

が、階段で走るのは中年の体には少々堪えた。
少しばてていると、後ろから走る音が聞こえる。
さてはさっきの女子高生か?
そう思ってチラッと振り返ると、それは年老いた老人だった。
老人は田中をひょいっと追い越すと、軽快に階段を駆け上がっていった。元気のいい老人だと見送っていると、老人が走っていく先に3〜4人の人ごみが見える。
見るとさっきの老人もその輪に加わっているようだ。
なんだろう?
田中は好奇心から足を速めた。


その輪の中心には小さな男の子がいた。
どうやら泣いているようだ。
周りの大人たちは男の子を泣き止まそうとしているのだ。

と、思ったが、どうやら違うようだ。
男の子を囲んだ大人たちが男の子を泣かせているのだ。
見るとさっきの老人が男の子の服を掴んで引きずろうとしている。

「おい!なにをしてるんだ!」

田中は階段を駆け上がり、男の子に駆け寄った。
が、田中がたどり着こうというときに、
なんと、先ほどの老人が男の子を蹴飛ばして階段から転げ落としたではないか!
男の子は泣きながら勢いよく転げ落ちていき、やがて見えなくなった。

「なんと言うことだ…!なんてことを…!」

田中は男の子を追おうとした。
が、さっき追い抜いた女子高生が道を阻んでいる。

「どけ!今のを見なかったのか?!小さな子が階段から落ちたんだぞ!」

田中は叫ぶように言った。
が、女子高生はどこうとしない。
そのうちに男の子を囲んでいた大人たちが逃げるように階段を駆け上がっていった。

「まて!!」

田中は卑劣な大人たちを追いかけた。
階段を登りきると、大人たちが奥のドアに入っていくのが見えた。

「逃がさないぞ!」

田中は出せる力を全て出して走ると大人たちが逃げ込んだドアを開けた。




そこは、天国だった。




田中は車を運転していた。
だいぶ酔ってはいたが急ぎの用が出来たので仕方がなかった。
時計を見ると午後10時を回ったところだ。

ふと見るとパトカーのランプが見える。
どうやら検問のようだ。
急いでいる時に限って…ついていない。

パトカーの前で車を止めると警官が駆け寄ってくる。

「飲酒運転の検問です。この機械に息を吐いてください。」

田中は指示に従った。
機械は反応しなかった。

「はい、OKです。お急ぎの中すいませんでした。」

そう言うと警官は田中の車を通した。


運転しながら田中はつぶやく。

「はぁ、こっちは急いでるってのに検問とはな。酒を飲んでなくてよかった。それにしても自分の運転する車に酔うとは、なんとも情け無いものだなぁ…」





今日から新しい生活が始まる。
新しい街、新しい会社、新しい仲間。
きっと楽しい日々が待っているのだろう。

田中は家を出た。


最寄の駅から電車に乗る。
会社までは電車で三十分ほどだ。
運よく座れた田中は一息つくと周りを見渡した。


なんと言うか、活気が無い車内。


もちろん朝の電車であるから、眠そうな顔をしたサラリーマンばかりであるのはなんら不思議な事ではないのだが…
元気が無いというか、気の抜けたような人達ばかりだ。

「何だ、この陰気な電車は。こっちは新しい生活でワクワクしてるってのに。毎日こんな感じなのかな…」


電車を降りた田中は気を取り直して会社へと向った。
澄み切った空気、さわやかな太陽、すがすがしい小鳥の声。
田中は意気揚々と歩いた。

会社までの10分程の道のり、
田中は何人ものサラリーマンを追い抜いた。
決して早歩きをしているわけではないのだが…
皆ゆっくり、うつむきかげんで歩いているのだ。
中には立ち止まってため息をついている者もいる。


「今日は月曜だから特別に気乗りがしないのかな…」


会社に着くと係の者に連れられて自分の部署へ行き、部長に挨拶をした。そして自分のデスクにつくと周りの同僚に簡単に自己紹介をした。
係の人、部長、同僚。
どれをとっても活気が無い…
暗く、生気を感じない…


一体なんなのだ。


電車から感じていた事だった。

この街はなんなんだ。
全く生気を感じない…

俺は今新しい生活を向かえ、こんなにもやる気と希望に満ちているというのに。
こんな空気ではこちらまで消沈してしまうではないか…


その時だ。
隣に座っていた同僚が目の前の自分のデスクにドンッと頭を突くとつぶやくように言った。




「死にたい…」




するとどうだ、ソレが合図だったかのように周りの同僚が次々につぶやきだした。




「死にたい…死にたい…」




気がつくと田中を除く全ての社員が同じように頭をデスクに打ちつけながら「死にたい」と何度もつぶやいている。



「いったい…なんなんだ!?」



田中は底知れぬ恐怖を感じた。
今までにこのような状況に出くわしたことなどない。




「死にたい…死にたい…!」




田中はたまらなくなって立ち上がると部屋を飛び出した。

廊下に出ると…
「死にたい」という声はより一層大きく聞こえた。
下の階の人々も同じ事をつぶやいているようだ…
田中は両手で耳をふさぐと夢中で階段を駆け上がった。


階段を登りきり、屋上の扉を開ける。
太陽の光と共に田中の耳に届いたのは…





「死にたい…死にたい…」





街、全体…街全体がそうつぶやいているのだ…



「なんだんだ!?この街はどうなっているのだ!?」


端っこにある手すりまで駆け寄ると、下を見下ろしながら田中は叫んだ。


その時。
田中は思い出した。


死にたい…?
そうだ。
俺は、死んだのだ。

俺は屋上から飛び降りて死んだのだ。
全ての事が嫌になって死んだ…

死んだはず…
なぜ、こうして生きているのだ…?




田中が困惑していると…
屋上の隅から一人の老人が歩いてきた。




「俺は…俺は…ココはどこなんだ?」



田中にはその老人が全てを知っているように思えた。


老人は答えた。



「ココは天国だよ。」


「天国?!」


「そう、天国。
まぁ人によっては地獄とも言えるか…」


老人はゆっくりとした口調で話した。


「人は死ぬと自分と同じ人間がいる世界に行くのだ。
心の優しい人間は心の優しい人ばかりが生活する街にゆく。
逆に乱暴な人間は乱暴なものばかり集まった世界にゆくのだ。」


「自分と同じ人間…」


「そうだ。この街を見ろ。お前がたくさんいるぞ。
皆絶望し、死ぬ事ばかりを考えている。」


そう言うと老人はゆっくりと立ち去った。


田中は呆然とたちつくした。

街からは絶望の声が響き続けている…



涙が出てくる。
とめどもなく、涙が出てくる。

「俺は…俺は…」



涙が止まらない…




「田中さん!」




その声で田中は目を覚ました。
見るとそこには医者や看護師が…

「気がつかれましたか!ココは病院です。あなたはビルから落ちたのです。運よく木がクッションになったおかげで足の骨折と打撲だけですんだのです。」


意識がもうろうとしている。
ふと、横のベッドを見ると小さな子供が苦しそうにしている。そばにいる両親はしっかりと子供の手を握りしめ祈るようにしている。


医者が言う。

「田中さん!あなたは自ら命を絶とうとしたのです!
もうこんな事は二度としないと、もう二度と死のうなんて考えないと、私に約束してください!」


田中はゆっくりと目線を医者に向けると
なにか決心したかのように深くうなずいた。




今までありがとうございました。

皆さんの支えがあったからココまでやってこれました。
しかしながら、もう無理です…

自分の限界に気づきました。

周りからのプレッシャーや、悩み苦しむ日々…
もう耐えられません。疲れてしまったのです。
ここでけじめをつけようと思います。


本当にありがとう。そして、さようなら。













そこまで書くと、田中は靴を脱ぎ、ビルの上から飛び降りた。






ダクは2体の人造人間は完成させた。

長年の研究の成果だ。
まだまだ人間と同じレベルとまでは行かないが、原人ほどの知能は有している。
ダクは2体の人造人間をそれぞれAとEと名づけた。

アダムとイヴの誕生は大きく報道され、各国の研究者達がAとEを元にした新しい人造人間開発に次々と乗り出した。

世界は人造人間でいっぱいになった。

が、そのうちに倫理的な問題から人造人間の製造に意義を唱えるものたちが現れた。
この問題は瞬く間に大きくなり、政府は人造人間製造を禁止する事にきめた。
今まで製作された人造人間は全て破棄されることになった。

ダクはどうしてもIとEを手放したくなかった。
そして、二人を違う星に隠す事を思いついた。


ダクはアダムとイヴと共に宇宙船に乗り込み、旅をした。
1年ほどたっただろうか。
銀河系の端にきれいな星を見つけた。

早速その星に降り立ってみる。
この星なら水も大気もあるから二人が住むのにぴったりだろう。
ダクはアダムとイヴをその青い星に置くと、少しはなれたところに宇宙船を止め、命が続く限りアダムとイヴの成長を観察する事にした。



何万年もの年月がたった。




宇宙研究の第一人者である田中は天体望遠鏡を覗いていた。
見慣れた風景。
が、何かおかしいところがある。なんだろう?

「あ!」

田中は小さい声を上げると、宇宙研究所に電話をかけた。

「もしもし、田中だが。
今、月を見ていて気がついたのだが、月の表面にはドアのようなものがあるのだ。もしかしたら月は巨大な宇宙船なのかもしれない。」
最近田中には見たくも無い幽霊が見える。

それは決まって朝の電車の中であった。
その男の霊は前々から田中が思いを寄せていた女性の横に立っているのだ。なんとも嫌なものだ…


田中は友人の勧めである霊媒師のところに行く事にした。


「それじゃあ、君は霊が見えない体質になりたいというのだね?」

田中が霊感の強さを説明すると霊媒師は真剣な顔つきでそう言った。

「はい。僕は幽霊なんか見たくないんです。どうか僕から霊感を奪ってください。」

「見ると君の霊感は普通の人とさほど代わらない。
毎朝見るというその霊。君に見えて他の人に見えていない霊はきっとその霊だけだろう。その霊さえ気にならなければ何も問題は無いんだがね。」

「いえ、それが気になるのです。お願いです、僕から霊感を取り除いてください。もし、あなたにできないというのなら他をあたりますが…」

霊媒師は少し黙るとこう言った。

「霊感を取り去る事は可能だ。だが、それにはちょっとしたリスクが伴う事があるぞ?」

「リスク?」

「そうだ。霊感というものは誰にでもあるのだ。
そうだな、例えば標準値を50とすると君の霊感はせいぜい55といったところ。もしも霊感を取り除くとなると、君の霊感は0になってしまう。君は普通の人よりも霊感が50低くなってしまう事になるのだ。」

「つまり、普通の人よりももっと霊が見えにくくなるということですね?それで構いません。僕は霊など見る必要は無いのです。」

「そうか、そこまで言うのなら君から霊感を取り払ってやろう。」


そう言うと霊媒師はなにやら呪文のようなものを唱えはじめた。
30分ほどだろうか。
一通り呪文が終わると、「これで霊感は全て取り除かれた」、と田中は家に帰された。


次の日の朝。
いつもの車両に乗ると、すぐに思いを寄せる女性を探した。

彼女はいつものようにドアの近くに立っていた。
横にもう男の霊はいない。
田中はウキウキしてきた。
もう霊は見えないのだ。

いつもの駅で電車を降り、改札を出て大通りに出る。
…すると、そこには恐ろしい光景があった。



人が、いない。



いつもなら波のように人がいるのに…大通りにはちらほらとしか人がいないのだ。一体どういうことだ…

あの霊媒師め!
何かおかしなことをしやがったのだな!?
田中は霊媒師のところへ怒鳴り込んだ。

「一体どういうことだ?!
俺は生きている人間まで見えなくしろとは言って無いぞ!!」

すると霊媒師はゆっくりとした口調でこういった。

「言ったでしょう?リスクがある、と。
そしてこうも言った。“誰にでも霊感はあるのだ”と。

きみが昨日まで街で見かけていた多くの人達。
君は彼らのうち、たった一人でもいい。
一人でも「生きていると確信」していた人はいたか?
君はなぜ彼らが生きていると思っていたのだ?

彼らは誰にでも見える霊。普通の人が持つ霊感で見える霊。
言わばエキストラなのだよ。」

「エキストラの霊だと!!??一体何の為に…!!!??」

すると霊媒師は不気味に微笑みながこう言った。

「人が多くいるように感じたほうが楽しいだろ?」
ヒロシは田中に蹴り飛ばされてうずくまった。


ヒロシは中学2年にして身長が170cmある。
それに比べて田中は155cm。
ヒロシのほうがずっと体格が良いのに、いじめられているのはヒロシの方だった。

「どうした、ヒロシ?お前はホントによわっちいな!」

そういって田中がヒロシの髪の毛を引っ張ると周りにいた田中の仲間がゲラゲラと笑った。

「痛い!痛い…!」

「うるせえ!」

そういうと田中はもう一発蹴りを入れた。

「おい!何をしてる!?」

騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけてきた。

「へっ!今日はこんぐらいにしてやるよ。また明日な。」

そう言うと田中はペッとヒロシにつばを吐きかけてその場を去った。




田中はヒロシの事が気に入らなかった。
これと言った理由は無い。
なにか、こう、生理的にムカムカするのだ。

ヒロシに手を出し始めたのはヒロシに出逢って1週間、中学に入学してすぐの事だった。
はじめはちょっかいを出す程度だったが、やがてそれがエスカレートし、1年の夏には暴力を振るうようになっていた。
が、そんな田中に対してヒロシは一度たりとも仕返しをした事がなかった。ヒロシのその姿勢は時として不気味に感じられた。



ある日の事だ。
田中はある空き地でヒロシを痛めつけていた。
いつものようにヒロシは田中にされるがまま。

「ほらほら、どうしたんだ?もう立てないのか?」

「はぁはぁ…」

「なんだ?その目は?!おい、ヒロシ!お前いつから俺の事そんな目で見れるようになったんだよ?!」

「…」

「何とか言ってみろ!」

田中はヒロシを踏みつけた。

「痛い…痛い…」

自分より大きな体をしているくせにやられ放題のヒロシ。
そんなヒロシを見下ろしながら、田中は初めてこう思った。

なんでこいつは何もしてこないんだろう…?

田中はヒロシを踏みつけていた足を上げるとヒロシにたずねた。

「お前は何で何もしてこないんだ?俺よりも大きな体しといて情けなくないのか?」

するとヒロシはうつむいたままこう言った。

「僕は君にひどい事をしてしまったから…だからこれで君の気がすむなら…」

「ひどい事…?」

ヒロシが俺にひどい事をした事があっただろうか?
田中は考えた。が、何も思い当たらない。

「ひどい事ってなんだよ?俺は何も覚えが無いぞ!」

田中がそう言うとヒロシは黙ってしまった。

「おい、てめぇ!なに訳の分からないこと言ってんだよ!?」

そう言って田中がヒロシをまた殴りつけようとすると、
ヒロシはフッと頭を上げて田中を見据えた。

「う…」

殴る直前で田中の動きは止まった。

「…田中君…実はね…」

沈黙を破ってヒロシは話出した。

「実はね、僕、生まれた時から前世の記憶があるんだ…」

「前世の記憶…?」

「そうなんだ。信じられないかも知れないけどホントなんだ…」

「だ、だったらなんだってんだよ!?」

「前世でね、僕は田中君にひどい事をしてしまったんだ。
ちょうど君が今僕にしているような事をさ…
だからね、僕は現世で君に償わなきゃならないんだよ…」


こいつはなにを言っているんだろう?
はじめはそう思った田中だったが、ヒロシのただならぬ様子がソレが真実である事を物語っていた。
ヒロシが言っている事が本当だとすれば、ヒロシの事が気に食わないのも納得できる。生まれながらに恨みを持っていたということだ。

が、田中にはソレが真実であってもそうでなくてもどちらでも良かった。とにかく田中はヒロシが気に食わないのだ。

「そうかそうか。お前は俺にいじめられる為に今生きていると言うのだな?よしよし、じゃあお前の使命を果たさせてやるよ!」

そう言うと田中は近くに落ちていた鉄の棒を拾った。
そしてヒロシめがけて振り下ろした。
田中は背中に当てるつもりだったがヒロシが身をかがめたため、鉄の棒はヒロシの頭に当たった。
ヒロシは頭から血を流して倒れた。


しまった!つい興奮してやりすぎてしまった!


田中は棒をその場に落とすとヒロシにかけよる。

「お、おい…大丈夫か…?!」

ヒロシの目はウツロだ。

「ヤバイ…どうしよう…」

田中がうろたえていると…
突然ヒロシの目がパッと開いた。

「ひ、ヒロシ…お前…大丈夫か…?」

ヒロシは田中の言葉が聞こえなかったように空中を見つめながらスゥっと立ち上がった。

「今頭を殴られて、僕の前世の前世を思い出したよ。
前前世…俺は理不尽な殺されかたをした。前世では俺を殺したヤツに仕返しをしてやろうと思ったが果たせなかったんだ。
そして現世…俺の使命は俺を殺したヤツへの仕返しだ…危うく間違えるところだった…」

そう言うと、
ヒロシは落ちていた鉄の棒をゆっくりと拾い
自分よりも小さな田中をゆっくりと見下ろした。
ある日の事、自宅でのんびりしている田中の家に一本の電話がかかってきた。

「はい、田中ですが。」

「もしもし、田中さん。実は、あなたにチョットお話が。」

「セールスだな。切るぞ。」

「いえいえ、セールスではありません。実はあたし、見たんですよ。」

「え?」


電話の女は妙な含みをもった言い方をした。

「見ていたって、何を?」

「見てしまったんですよ。」

「一体何のことだ?悪ふざけに付き合っている時間は無い。」

「そうですか。あなたがお聞きにならないのならこの事はあなたの周囲の人にお話することにします。」

「なに?!」

この女は何を言っているのだろう?
何を見たというのだろう?
いたずらだろうか…?


…いや、まてよ。


田中は一昨日浮気相手と会っていた事を思い出した。
ははーん。この女、ソレをネタにゆすろうというのだな。
もしもこの事が妻にバレたら…
妻との間にはには来年子供が生まれるのだ…
絶対にバレる訳にはいかない。


「なるほど、わかった。見たのか。で、いくら欲しいんだ?」

「10万円でどうでしょう?」

「10万か…高いな。」

「あなたを救って差し上げるのです。正当な報酬でしょう?」

「正当な報酬ね…よし、わかった。払おうじゃないか。
いつ、どこで払えばいい?」

「今日の午後5時に公園に来てください。」

「よし、わかった。」


ついてない。
田中は思った。
田中も不倫をよい事と割り切っていたわけではなかった。
来年生まれてくる妻と自分の子供の為に浮気相手との関係は打ち切ろうと決意し、一昨日は最後の密会だったのだ。
よりによって最後を目撃されるとは…
午後五時になり指定された公園へ行くと、そこには老婆が立っていた。
田中はこんな老婆が恐喝などするものなのだなと少し驚いた。

そこで田中はあることに気がついた。


こんな老婆が夜のホテル街にいるだろうか?
本当に自分達を目撃したのだろうか?


さては…
このババア、浮気現場を目撃したってのは全部でっち上げだな!?
そもそもこいつは「見た」と言っただけで何を見たかは言っていない。人は「見た」と言われれば心当たりの一つや二つあるものだ。こいつはそこにつけ込んだというわけだ。新手の詐欺に違いない!
危うく騙されるところだ!


「田中さん、来てくれましたね。早速お話しましょう。」

「残念だったな!金は払わんぞ!!まんまと騙されるところだ。」

「なにを言ってるのですか?」

「もういい、分かってるんだ!!本当は何も見て無いんだろ!?」

「見ました。」

「じゃあいつだ?!いつ見たのだ?!言ってみろ!!」

「昨晩です。」

「ははは!!昨晩だと!?昨日は一日中家にいたよ!!
馬鹿にすんじゃねぇ!!」

そういうと田中は老婆を突き飛ばした。
老婆は力なく倒れた。

「ざまあみろ!!」

そう捨て台詞を残すと、田中は公園を後にした。




「全くふざけやがって。この俺を騙そうとするなん…」

道を歩く田中の背中に突然激痛が走った。
振り向くと浮気相手だった女がナイフで田中の背中を刺しているではないか。
「よくも私を散々もてあそんでおいてアッサリ捨ててくれたわね!!」
女は背中からナイフを抜くと、何度も何度も刺した。





田中は死んだ。





起き上がり服についた砂を払いながら老婆は呟く。

「私の夢占いは100発100注。
10万円で命が助かるなんで安いもんなのに。
結局、田中さんの最期は昨晩私が見た通りになってしまったわね…」










二人の男と二人の女があるバンガローに泊まっていた。
あたりは猛吹雪。
完全に取り残されてしまったのだ。


夜、大きな物音と共に叫び声が上がった。
一人の男と一人の女が死んだ。


次の日の朝、
吹雪がおさまり警察が来た。
バンガローをよく調べたが、四人以外に人は出入りしなかった事が分かった。
生き残っていたのは二人。

だが、警察は誰も取り調べなかった。


この事件はマスコミでも大きく取り上げられた。
各ニュースが大きく報道する。

「死んだのは30代の夫婦。
二人がもつれるように階段から転げ落ちて死亡したもよう。
かわいそうなのはあとに残った1歳になる双子の兄妹ですね。」





目を覚まし、時計を見ると正午を回ったところだった。
胸をさすってみる。
痛みはない。


刑事になって30年。田中は家庭も顧みず犯人を追う日々を送った。
今、田中に家族はいない。
離婚してもう15年。
娘の洋子と最後に会ったのは田中が刑事部長に昇格した日。
中学生だった洋子は手作りのお守りをもってきてくれた。

そんな優しい娘だが…
きっと仕事ばかりをしていた自分のことを恨んでいるだろう。
田中はそう思う事がよくあった。



そんな田中が刺されたのは3日前、定年を明日に控えた日のことだった。
追い詰めた犯人ともみ合いになった末、犯人の持っていたナイフが胸に刺さったのだ。


大した事無い。
そう思った田中は病院へは行かなかった。



田中はもう一度胸をさすってみた。
痛みは無いのだが、何か胸の奥のほうがうずうずしているように感じる。
年なのだろう。
そう思うと田中はじっとしていられなくなった。
布団から出ると服を着替え、車に乗ってとある温泉に向った。
定年の日に警察署から貰った日帰りの温泉旅行だ。


運転中、田中は何か落ち着かない気持ちでいた。

何か物足りない…
なんだろう、この気分は…


1時間ほど車を走らせ温泉に着いても田中の心の中のもやもやは消えていなかった。

なんだろう…
仕事をしていないからだろうか…?
なにか、こう、生きた感じがしない…

田中は胸をさすった。
とにかく温泉につかってゆっくりしよう。


こじんまりとした建物には小さなカウンターだけあり、そこから男湯、女湯に別れていた。
田中はチケットをカンウンターに置くと、どちらか確認することなく女湯に入っていった。脱衣所には誰もいない。
服を脱ぎ、大浴場に行く。

そこには30人ほどの女性がいた。
が、誰も田中の事を気にしている人はいない。

誰も自分に気が付かない…
自分には誰もいない…

浴槽のほうを見ると親子が楽しそうに会話しているのが見える…

「痛い…」

田中は胸に痛みを感じた。
いても立ってもいられずに田中は浴場を離れ、服を着て外に出た。

そしてすぐに娘に電話をかけた。

「もしもし。洋子?
…いや、用事があるというわけでは無いんだけど…うん…
私も定年を向かえて…その…何か、心に穴が開いたような気分でね…
今まで仕事仕事で洋子にはちっとも親らしい事をしてこなかった…
本当に悪いと思ってる…ごめんね。」

そう言うと田中はいつも胸に下げている洋子から貰ったお守りを握った。
洋子は年老いた親に答える。

「ん〜ん。確かに小さい頃からさびしい思いはたくさんしたけど私は自分の親が立派な仕事をしているって事が本当に誇らしかったんだよ?
いつでもうちに遊びに来てね?待ってるよ、お母さん。」


電話を切ると、胸の痛みは静かに消えていった。
田中のほほを涙が伝った。
その涙はぽた、ぽたと、握り締めた洋子のお守り、
田中の命を救った穴の開いたお守りに落ちていった。



田中は地面にしゃがんで庭先のマメのつるを眺めていた。

「童話のようにこのマメのツルが一晩で大きくなって、金銀財宝のある雲の上の神殿に行ける、なんてことはないだろうか…
巨人と遭遇、大冒険の末、たくさんの宝を持ち帰ってでっかい家に住むんだ。」

そうつぶやくとゆっくりと振り返り、掘っ立て小屋のような小さな我が家を見てため息をついた。

「ああ、そんな夢のような話が無いかなぁ。」

「よし、お前の夢をかなえてやろう。」

「え?!」

見上げるとそこには立派なヒゲを生やした老人が立っていた。

「夢をかなえてくれるって?」

「ああ、叶えてやろう。私は魔法使いなのだ。
私の魔法でお前の夢を叶えてやる。
その代わりお前が死んだ時にはお前の魂を頂こう。
この世で楽しんだ代償というわけだ。さあどうする?」

少し考えると、田中は答えた。



「いや、やめときます。」








1980年。
発明家の田中はあるものを開発した。

音を電気に変えるもの。
「音力発電機」である。

ソレはまさに画期的だった。
この世界には無駄な音があふれている。
車、工事現場、興味の無い選挙カー…
それらの無駄な騒音を資源として利用するのだ。

「これはすごいものができたぞ。早速テストしてみよう。」

田中は音力発電機を持って近くの工事現場に行った。
集音マイクをセットし、音の大きな場所に置く。
一時間もすれば一世帯の一日分ほどの電力が生まれるはずだ。

しかし、一時間後。
発電された電力のメーターを見てみるとほとんど電力が生まれていない。一世帯どころか豆電球一個分にもならない。

「これはどうしたことだ」



そのあと田中は自動車の音や人ごみ、色々な工場の出す騒音でも試してみたが結果は同じだった。

「どうしたものだろう」

途方にくれた田中は試しに音楽を聞かせてみた。
するとどうだろう。
一曲分で、鍋いっぱい分のお湯が沸かせるほどの電力が得られたではないか。

「そうか!音は音でも滑らかな音、つまり音楽ではないと駄目なのだな。」

その後の研究で、人間の声が入っていたほうが効率が良い事が分かった。田中はコンサートホールを回り音力発電機を売り込んだ。
しかし、景気のいいこの時代にちまちまと電力を作る機械は売れなかった。

「こんなにすばらしい発明品を、なぜ誰も受け入れてくれないのだ。
よし、こうなったらこの機械を使って自分で商売を始めよう。」

田中は小さな部屋を借りると防音の設備を整え、曲の入ったコンポとマイク、小さなソファを置いた。

「ここで誰かに歌を歌わせよう。自分が歌手になった気分で歌えるのだ。きっと流行るに違いない。目的は音力発電による収入だ。料金は格安にしておこう。」

そう決めると田中はその店をカラオケ屋と名づけた。



犯人は黒い服に身を包んで逃走中だと夜のテレビニュースは伝えた。

田中は電気屋のテレビでこのニュースを目にし立ち止まっていた。
レポーターは被害者の女性の名前をつげ、南町の周辺にいる人は犯人が逃走中だから気をつけるようにと報じた。

こんな報道をしたら犯人が逃げてしまうではないか!
田中はその場を離れると必至で犯人を探した。




刑事である田中は夜の公園で偶然殺人を目撃していた。
もみあった末にナイフで一刺し。
田中があげた大声で犯人の女は逃げ、刺された女は救急車が到着する前に死んだ。
田中はすぐに通報すると自分自身も捜査に加わった。




どこだ!?どこだ!?
田中は町を走り回った。
あの手つき…ヤツはプロだ!
あんなヤツを町に野放しにしておくわけにはいかない。

プロなら仕事をした後どこへ行くだろう?
田中は考えた。
やはり自宅だろう。
では自宅はどこに?
…本当のプロは隠れ家など持っていない。えてして普通の住宅街に住んで普通の人間を演じているものだ。
ならば、住宅街がある東町ではないか?

そう考えをめぐらせると、田中は東町へと向かい、
静かな住宅街の電信柱に身を隠した。
ここで少し待ってみよう。

10分ほど待っただろうか。
コツコツというハイヒールの音がする。
音のするほうを電信柱の影からのぞきこむと、その音の主は田中が目撃したあの殺人者だった。
田中は息を呑んだ。




そして、興奮した。




ふふふふ。
田中は心の中で笑った。

「人殺しが来た。」

服の上から胸のポケットを探る。
そこには犯人が被害者を刺したあと捨てていったナイフが入っていた。

「このナイフで殺してやる。悪いのはお前だぞ?
俺は犯人を追っていってもみ合いになり勢い余って刺してしまうだけ。
俺はこの町を凶悪犯罪者から守るのだ。」


田中は女が目の前に来ると飛び掛った。




時は2050年。
文明は順調な発展を遂げていた。

ある日のこと、生物研究所の研究員である田中は見たことも無い生物を発見した。
親指の先ほどの大きさの黒いビー玉のような風貌。
生物の研究をしていない者でもそれが新種である事はすぐに気付くだろう。
田中は早速それを研究所に持ち帰った。

最新の技術であらゆる角度からソレを分析する。
やはりこれは新種の生物だ。
田中はその生物をブラックボール、“BB”と名づけた。


その後の研究でBBの驚くべき特質が明らかになった。
なんとこの生物は自然が分解できない「無機物」を食物として体内に取り込むことで成長し、分裂を繰り返すのだ。
世界中の研究者がBBに注目した。
そしてこの生物の有効利用を考え付いた。


一年もするとこの生物は1万もの数に増えていた。
世界中のごみ処理センターでごみの処理の為に利用しだしたのだ。
BBは分解できないごみを与える事でどんどん増えていく。
管理さえしていれば大変扱いやすかった。

この生物のおかげで今までは埋め立てていたビニールやプラスチックなどのごみはなくなり、文化発展の代償とも言えるごみ問題が解決した。
地球はきれいな星になった。
人々は「BBは神からの授かりものだ」と喜んだ。



ある日の事、高速道路で車10台を巻き込んだ大きな事故があった。
道路の真ん中にぽっこり開いた穴に車輪が落ち、操縦不能になった車が暴走した事が原因だった。
なぜ道路にこんな穴が?
事故を調査していくとそれはBBの仕業だということが分かった。
どうやらBBは一年前に田中が見つけたもの以外にも存在していたらしい…

その後各地で同様の事故が多発した。
同様の…いや、事故の規模はどんどん大きくなっている。
日を増すごとにBBが増えているのだ。


ビルは倒壊し、橋は落ち、道路と言う道路が食い荒らされていった。
人間達はBBを止めようとした。しかし、もはや彼らの勢いは誰にも止める事ができなかった。

文明を発展させる為に自然を壊しアスファルトを敷き詰めたこの世界は彼らの餌であふれている、いや、彼らの餌そのものなのだ。


神からの授かりもの…
…誰かが言っていた。

きっとBBは神によって“地球に”授けられたものなのだろう。
田中は何も無くなった東京の地平線を眺めながら思った。
田中は気が重かった。

今回の契約交渉先のM商事の社長はたいそう頑固な男らしい。
田中の会社からはいままで何人もの優秀な営業マンが足を運んだが、なかなかクビを縦に振らない。
そこで会社は半ばあきらめ、いまだなんら業績の無い田中にこの交渉を押し付けた。最後の悪あがきというわけだ。

それでも大任を任された田中は必至に情報を集め、M商事の社長はもっぱらの甘党だという噂を仕入れた。
そして少しでもいい印象を持たす為にその辺りでは有名な和菓子を朝早くから並んで買い、意気揚々とM商事に向った。


受付を済ませ部屋に通されるとそこには色黒でがっちりとした、いかにも頭の固そうな男が待っていた。

「H社から参りました田中と申します。本日はお忙しい時間を割いていただいてどうもありがとうございます。これはつまらないものですが…」

田中は一通りの挨拶を済ませ、菓子折りを渡すと早速契約交渉に入った。この社長は中途半端な事が嫌いという話だ。とにかく一生懸命話し、誠意を見せるしかない。
田中は無我夢中で説得した。
しかし、社長はずっと無言のままだった。

これはあまり芳しくないぞ…
さすがに今まで営業マンを苦しめてきた社長である。
やはり駄目なのか…
田中が苦しんでいると、いいタイミングで社長秘書がお茶と田中が持ってきた菓子を運んできた。
しめた!社長は菓子を口にすれば少しばかり機嫌が良くなるに違いない。「何かものを食べながらの交渉は上手く行く」という話も聞いた事がある。
何とかここで一気に攻めよう!



田中のねらいを知ってか知らずか、
運ばれてきたお茶を一口飲んだ社長は沈黙を破り、田中にこう尋ねた。

「で、田中君と言ったかね?君の話は分かったが、この契約にはいくつかの問題点があると思うんだがね。それらを解決する為に、何か案はあるのかね?」

そういうと社長は菓子を一口食べた。
…すると…
社長の表情が変わった。

ココだ!田中はグッと力を入れると、

「いいあんを練っている最中です」

と言った。
するとどうだ、今まで表情が硬かった社長の顔が見る見る緩み、
はははは、と笑い出した。

「そうかそうか。君は私のことを良く調べてきたようだな。実はこの契約はわが社にとっても大きな利益になることは間違いないと分かっていた。だが今まで契約交渉に来た連中は私を持ち上げるばかりで、ビジネスパートナーとなる私のことを少しも知ろうとしなかった。君にならこの仕事、任せられるよ。」





「田中!お前M商事との契約取れたんだってな!」

会社に戻ると多くの同僚が田中を囲んでその業績をたたえた。

「一体どうやったんだ?!」

同僚達のその問いかけに田中はあっさりとこう答えた。

「いや、難しい事じゃない。M商事の社長は甘党だからな。
ただ俺は、“いいあんを練って作った美味いモナカ”を持って行っただけだよ。」






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出張になった田中はとある田舎町のバスに乗っていた。
窓の外にはのどかな風景が流れている。
都会で生活している田中にとって、自然の多い風景は新鮮だった。
ぼんやりと外を眺めていると、

ガラン

という音がした。
音のしたほうを見てみると横に座っている老人の持っていたやかんが床に転がっている。田中は手を伸ばすとやかんを拾い老人に渡してやった。

「ありがとう」

礼を言うと老人はやかんを風呂敷に押し込んだ。

やかん。
バスの中でやかんを見たのははじめてだなと田中は思った。

「おじいさん。なぜバスの中でやかんを持っているのですか?」

風景を見るのに飽きた田中は好奇心からそう尋ねてみた。
特に大した答えは期待していなかった田中だったが、老人は不思議そうな顔をして答えた。

「なぜ…?それはわしがやかん屋だからじゃよ。」


…やかん屋だからやかんを持っている
…言われてみれば当たり前…なのかもしれない。

少し変な感覚に襲われながら考えていると、バスは田中が降りるバス停についていた。


降りたバス停があったのはちょっとした繁華街である。田中は気を取り直して取引先の会社を探して通りを見渡した。
が、なにせ初めての土地だ。住所は分かっているのだが、どちらに行ったらいいのかサッパリわからない。
こういうときは人に聞くのが一番だ。
田中は通りかかった若い女性を呼びとめて尋ねた。

「すいません。この辺りにM商事という会社はないですか?」

しかし女は田中の問いかけに不審そうな顔をすると

「私はケーキ屋なので分かりません。」

と答えた。
見ればその女性は両手にケーキの箱を持っている。
ケーキ屋なので分かりませんって…
さっきの老人といい、この女性といいなんなのだ?

女性が去ると、今度は向こうのほうから男性がやってくる。
男性は両手で大きなテレビを持っている。
田中は思わず声をかけた。

「あの、すいません。電器屋の人ですか?」
「ああ、そうですけど、なにか?」
「いや、いいんです。」

男は「変なやつだ」と言うような顔をして去っていった。
…どうやらこの町は「分かりやすい」らしい。
よし、では道を知っていそうな人を見つければいいのだな。
周りを見渡してみると通りの向こう側に手錠と警棒を持った、いかにもという警察官がいる。

「よし、あの警官に聞こう!」

田中は左右を確認せずに道を横切ろうとした。
すると、田中が無謀な横断をしたために一台の車が田中のほうに突っ込んできた。


運転手の判断が良かったのだろう。車は田中のワキを掠めると、道の脇の路側帯のブロックに乗り上げて止まった。

「…たすかった…」

田中はふーっと息を吐いた。ドライバーも無傷のようだ。


騒ぎを見ていた警官が田中の元へ駆けつけてきた。

「おい、お前!」

警官はそういうと田中に手錠をかけた。

「車の前に飛び出したのを見たぞ!きさま、アタリ屋だな!!現行犯で逮捕する!!」
今日も朝早くから出勤だ。
時計を見ると五時を回ったところだった。


慣れた駅のホームから列車に乗りイスに腰掛けると、ふ〜〜っとため息をつく。
乗っているのは田中をいれて数人だけだ。
田中はこの寂しい風景が好きではなかった。

バッグから今日のスケジュールを取り出して一通り目を通す。
今日も退屈そうな仕事しかない。
スケジュール表をしまうと田中は静かに目をつぶった。

田中はこの仕事が好きではなかった。
給料は安いし、うるさい上司はいるし。
なによりも早朝出勤が苦手だった。






「おい!おい!起きろ!」

あれ?何分くらいたったのだろうか?
眠ってしまっていたようだ。
目を開けると横には車掌が立っていた。

「おい、田中!なに寝てんだ!
もう始発の出発時間だぞ!早く電車を出せ!」






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新しい家に越してきたのは木曜の事だった。
35歳にして夢にまで見たマイホーム。
これから20年のローンが待っているのだが、立派な家を手に入れ田中は誇らしかった。

金曜日、仕事を終えると田中はまっすぐ我が家に向かった。
改めてゆっくりと我が家を見たくなったのだ。
週末にまっすぐ家に向かうのは新婚の時以来ではないか?
今では妻との間もスッカリ冷え切ってしまい、仕事のストレスを発散する為に直帰の選択肢はなかったのだ。

我が家の前まで来ると田中は少し後ずさり、我が家を見上げた。
小さな庭の付いた二階建ての家。夕日をバックに堂々として見える。
一流大学を卒業し、キャリアとして無我夢中で働いてきた田中はこうして空を見るのも久しぶりだった。
田中はふぅ〜〜〜っと大きく息を吐いた。

「こんなに早く、どうしたの?」

見ると学校帰りの娘が滅多にこんな時間に帰ってこない父を見つけ不思議そうにこちらを見つめている。

「今日は早く帰ってきたんだ。
今な、家を見ていたんだよ。」

娘黙って田中視線を追うと、家を見上げた。

「よし、今日は久しぶりに3人で夕飯を食べよう!」
「うん。」

娘は少し驚いたようにそう答えた。
田中はそんな娘の姿に、今まで仕事を理由に家庭を顧みなかった自分のことを娘はどう感じているのだろうかとはじめて不安になった。

娘のあとを追い玄関に向かう途中、田中はふと二階の自分の書斎がある部屋の窓を見上げた。
誰かいる。
が夕日が邪魔でよく見えない。
きっと妻だろう。


夕食が済むと田中は妻に聞いてみた。

「夕方俺の書斎で何してたんだ?」
「あなたの書斎で?急になんですか?」
「いや、帰ってくる時俺の書斎に人影が見えたからさ。」
「夕方…私は料理してましたし、あなたの書斎には入っていませんよ?」
「…そうか、じゃあ見間違えかな。今朝は早くから書斎の整理をしてから仕事に行ったし、疲れてるのかな。」

次の日、
田中は仕事仲間とゴルフに出かけた。
帰りは遅くなる予定だったが突然の雨でプレーは中止に追い込まれ、早めの帰宅となった。
そういえば昨日も今くらいの時間だったなと思いながら家に入ろうとした時、
ふと昨日の事を思い出して書斎の窓のほうを見上げてみた。
すると、そこには昨日と同じように人影があった。
が、昨日と違うのは逆光となる夕日が無いということだ。
今日はよく顔が見えた。

それは自分だった。

“自分”が腕組みをして窓から遠くのほうを眺めている。
田中は驚きのあまり言葉が出なくなっていた。
すると“自分”はハッと何かに気がついたような顔をし、部屋の奥へと引っ込んでいった。
我に返った田中は玄関のドアを開け家に入ると一目散で二階の自分の書斎へと向かった。
恐る恐る部屋のドアを開ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
大きな足音に驚いた妻が二階に上がってきた。

「どうしたんですか?」
「うん、今、人がいたんだよ、この部屋に。窓から外を見ていた。」
「でも、誰も来てませんよ。」

田中は自分が見た人影が、“自分”だったことは言わなかった。
二人で家の中を一通り回ってみたが、人影もなければ、誰かが侵入した形跡もない。

「きっと疲れてるのよ。」

妻は疲れたようにそう言った。

日曜日、田中は五時に起きるとすぐに書斎にむかった。
きっと何かあるはずだ。ここにいればもしかしたら“自分”が現れるかもしれない。
しかし、一時間たってもなにも起こらない。

「夕方じゃないとだめなのか?」

そう呟くと田中は腕組みをし、窓のほうに向かった。
そして窓に映る自分の姿を見て、ハッとした。
この姿、昨日目撃した“自分”の姿そのままではないか。
田中は部屋の奥に行くとデスクのイスを引き出すとそこに座って考えた。
昨日見た自分が今日の自分?
時計を見ると6時を回ったところだった。
そういえば、昨日も一昨日も自分の姿を目撃したのは午後の6時頃であった。
よし、試してみよう。

田中は午後6時になるのを待つと外に出て、書斎のほうを見た。
すると、やはりそこには“自分”がいた。
よく見ると手には画用紙を持っている。
その画用紙には「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と書いてあった。
田中はなにか安心した気分になった。
不思議な事だが、午後6時に家の前にいれば12時間後の自分が見えるのだ。
田中は家の中に戻ると、すぐに目覚ましのアラームを6時少し前にセットした。
そして娘に画用紙を貰うとマジックで「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と大きく書き、明日の朝、今日の自分にメッセージを送る為に早めに床に着いた。



それから田中の生活が変わった。
朝は5時半に起きて書斎に行き、カーテンを開けて窓の前に立つ。その後朝食の前に前日残した仕事を片付け、朝食を取った後会社に向かう。
会社ではできるだけその日のうちに仕事を終わらせるようにし、18時には家の前に立ち12時間後の自分を確認する。
未来を見ることは何か恐ろしく思え少し悩んだ事だったが、やはり明日の自分の様子が気になる。
病気などしていないか?
明日の自分は・・・生きているか。





50年後、
田中は家の向いの空き地においてある小さなイスに腰掛けて書斎の窓を見上げて人生を振り返っていた。
思えばあの日を境に全てがかわった。
毎日規則正しい生活をし、たった12時間後の自分の健康を心配してきたおかげで風邪一つ引くことはなかった。
また、仕事を残さぬようにし、朝早起きをして仕事の整理をすることで仕事の効率は格段に上がり、気がつけば田中が勤めていた会社は田中の会社になっていた。
そして何より、早く帰宅し家族と時間をすごす事が
娘にとって、妻にとって、そして田中にとってすばらしい家庭環境を作っていた。

「お父さん」

見ると娘夫婦と成人した孫達がニコニコして家の前に立っている。

「またココにいたのね。お母さんもあきれてたわよ。」
「ははは。そうかそうか。今日は遠いところわざわざ来てくれてありがとう。」

「おじいちゃん、誕生日おめでとう!」

そう言うと孫達は持っていた花束を田中に渡した。

「ありがとう。」

田中はにっこり笑うと立ち上がり花束を受け取った。

「さ、中に行ってお祖母ちゃんの手伝いをしてきなさい。」
孫と夫を先に家の中に行かせると、娘は改めて田中を見つめ微笑むと、
「お父さん、誕生日おめでとう。」と言った。
娘は優しく育っていた。そして、田中の事を心から尊敬し、感謝し、愛していた。

「さ、お父さんも中に入ろ。」
娘に促され、
あの日のように娘の後について玄関へ向う。

ふと、書斎を見上げたが、

そこには誰もいない。
懐中時計を見ると、ちょうど18時を回ったところだった。

「ふ〜」

田中は大きく息を吐いた。
そしてもう一度我が家を見上げると、

「ありがとう。君は私に本当の“我が家”をくれたよ。」

そう呟いた。我が家に見てきた“未来”はすばらしいものだった。

「あなた、どうしたの?」

玄関から穏やかな表情の妻が顔を出す。

「みんなあなたを待ってますよ。」

妻は幸せそうににっこりと微笑んだ。

「ああ、今行くよ。」

田中は妻の呼びかけに優しい声でそう答えると、その場に静かに倒れた。








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「はぁ、もう生きているのが嫌になった。」
タケルは呟いた。

世間は不況の真っ只中。仕事がなくなり追い詰められて自ら命を絶つ者も少なくない。
そんな中タケルは檻の中にいた。
生まれてすぐに親の顔も知らないままどことも知れぬ国につれて来られ、自由を知らぬまま閉じ込められたのだ。
なぜ自分は檻の中にいるのかさえも知らない。

「はぁ、もう生きているのが嫌になった。」
そう呟くその言葉もどこの国のものかわからない。
タケルを監視する者が話す言葉を自然に覚えたに過ぎなかった。

そんな絶望的な生活の中でも、食事はきちんと用意され、
特にこれといったことを要求されない事が数奇な運命を辿るタケルにとってせめてもの救いであった。
だが、そのことがタケルには余計に不気味に感じた。
自分はこれからどうなるのだろうか・・・



田中は家に着くと上着を脱ぎ捨てた。
この不況でもう1年もの間仕事にありついていない。
「はぁ、もう生きているのが嫌になった。
タケル、お前は餌だけ食べてればよくて羨ましいよ。」
田中はそう呟くと、雛の時からかわいがっているオウムに餌をやった。